幻想夫婦交歓記。其の一
◇典型的な日本美人

私は中西瑛子と申す42歳に成る主婦で埼玉県のS市に住んで居ります。

一人息子が念願の私立中学へ入学すると、私は急に解放されたような、
取り残されたような気分に成りました。
子供は私の手を離れ、世の中不況だというのに、夫の生活は相変わらず
仕事中心主義で、朝早く出勤して帰りは大抵午前様。
(そんなに働いても給料はちっとも上がらず、会社があるだけでも良いじゃないかと
言う夫はお人好しというのか仕事がそれほどまでに好きなのか・・・)

もう息子の世話に手を焼く必要もなくなり、必然的に私に暇と言う時間が訪れました。
今までは殆ど家庭に篭りっきりで、趣味らしい趣味を持ち合わせていない私でした。
(いったい、何をしたら良いのかしら。このままじゃ、家の中で腐ってしまうわ)

女と言う者は、本当に便利に使われてしまうものです。何となく、
私と言う存在が不要になった様な気さえしていたのです。
(でも、いけないわ。此の侭だとノイローゼかうつ病になってしまう)

私は危機感にさいなまれ、何かしなくては・・・と焦りました。
とりあえず、時間を潰す事を考えねばいけない。そんな私の目に止まったのが、
町内の掲示板に張り出されていた広告でした。
『初級英会話クラス=○×公民館に於いて、金曜午後一時より』

パートに出る事も考えましたが、どうせなら教養を身に付けた方が向上性がある、
と私は英会話を習う事にしました。
月謝も安く、気の楽な事に生徒は五人程で、皆ご近所の奥様ばかりだという事でした。

先生はカナダ人の女性で、とてもユーモアのある方でした。授業は申し分なく楽しく、
そればかりか五人のお仲間とも交際の輪が広がりました。

其の中でも、特に気のおけない方がいました。
青木美紗子(仮名・40歳・主婦)さんという、お医者さまの奥様でした。
美紗子さんは私と違い、人付き合いのいい派手なタイプの女性でした。
しかし派手とはいっても決して下品ではなく、パッと目立つ目鼻立ちと、
個性的なファッションがそういう印象を与えるのです。

あけっぴろげな美紗子さんと、どちらかといえば内向的で交際べたな私・・・。
両極端の組み合わせでしたが、+極と−極の様に私達は惹かれあって
仲良く成っていったのです。

(英会話を習って、本当に良かったわ)心底、私はそう思いました。
英会話そのものよりも、美紗子さんという友人を得た事が大きな収穫でした。

私達は頻繁にお互いの家に行き来するようになりました。私達の家は、
歩いて十分たらずの所に有ります。そんなにちかくにいても、いままでは互いの顔も
知らなかったのですから、都会暮らしと言うのはそれだけ寂しいものなのかもしれません。

けれど、今の私はもう孤独ではありませんでした。
夫も子供もロクに私の方を振り向きもしなくなりましたが、さほど孤独感はありません。
すべては美紗子さんのお陰でした。

美紗子さんには、子供がありません。
そのせいか、いまだに独身時代のプロポーションを保っているそうです。
実際、美紗子さんのプロポーションには目を見張るものがありました。
身長は165センチ、一見して八頭身のスタイルです。

スキューバダイビングが趣味という彼女は、肌も美しくトースト色に焼けています。
スタイルだけではなく、私などとは比べるべくもない行動派なのでした。

「本当に羨ましいわ、美紗子さんて、どうして、そんなにいつも生き生きとしているの?
 私と二つしか違わないのに、ずっと若く見えるわ。まだ独身と言っても通るぐらいよ」
或る日、我が家に遊びに来た美紗子さんに溜め息を洩らしました。
他に他意の無い、本心からの言葉でした。

「そんなァ!瑛子さんひそ、上品で典型的な日本美人じゃないの。
 私なんて、いつも主人から小言を言われてるの。全然医者の妻らしくないって。
 主人は、きっと貴女の様な人こそ医者の妻に相応しいと思っているのよ。
 いかにも、いいトコの奥様って感じの人が・・・」

「まァ、私が?お世辞でも嬉しいわ。ウチの主人なんて、
 私のことを鼻もひっかけないのよ。もう見飽きたオバサンにすぎないみたい」
「そんなものよね。ウチの主人も同じ。うふふ、私たちだって七夕さまだもの」
「なァに、七夕さまって・・・?」
私は、真剣に問いかけました。七夕さまの意味が判らなかったのです。

「ほほほっ!瑛子さんて、本当に箱入り奥様なのねェ。
 あのね、七夕さまっていうのは年に一回しかセックスをしない事なの」
「まーっ、巧い事を言うのねェ」つくづく世間知らずの私は、
妙に関心してしまいました。思えば、我が家などもそのくちでした。

「仕方ないのよ、二十年近くも連れ添っていれば。
 お互い、相手が変わればその気にも成るんでしょうけど」
そう言い、美紗子さんはやけに艶かしい吐息をつきました。
「だけど、いい加減モヤモヤしてしまうわよね?何しろ私たち、女盛りなんですもり」

ソファに頭をもたせかけ、美紗子さんはイヤイヤをするように首を振りました。
金のピアスが軽やかな音をたて、しばし沈黙が流れました。
美紗子さんらしからぬ深刻な口調に、私も頷いていました。
私達はお互い、主人に構って貰えない身の上なのです。

「でも、美紗子さんなら・・・。こう言っては何だけど、
 けっこう遊びを知っているように見えるわ」
「そうねぇ、瑛子さんだから言っちゃうけど、浮気の一、二回はね。
 でも、浮気は所詮浮気よ。その場限りの関係。空しいのよね」
この時、私は彼女は心の底からご主人を愛しているのだと判りました。
浮気をしてみても、こうやって私に悪戯を仕掛けて見ても、
本当はご主人に可愛がって貰いたいに違いありません。

「そうかと言って、セックスレスの生活にも耐えられない・・・。
 貴女はどうなの、瑛子さん?」
「えっ、私?!」矛先を向けられて、私は口ごもってしまいました。
 実のところ、セックスのことなど半分忘れていた私です。
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