処が、パートを始めて一ヶ月ばかり経った夜、思いも掛けない事が起こりました。
何を思ったの、就業時間中に大江が私にメモを手渡したのです。
『今夜、お酒を飲みに行きませんか。もしお暇なら仕事が終わってから、
地下鉄阪東橋駅の近くのスナック○○○で待っていて下さい』
正直言って最初、私は大江が渡す相手を間違えたのではと思いました。
そのメモは、如何解釈してもデートの申し込みだったからです。けれど直接、
私に手渡したからには相手を間違えると言う事も考えられません。
(嘘みたい、夢みたい!どうして、こんなオバサンを・・・?」
一瞬狐につままれた気分でしたが、すぐに舞い上がってしまいました。
若くてハンサムな男とのデート・・・。私は乙女心を取り戻し、浮かれ浮かれて
指定されたスナックへと向かったのです。
「済みません、夜にお呼びたてして・・・」
「構いませんよ、夫も子供達も、勝手にやっていますから」
「じゃあ、ゆっくりできますね。・・・仕事の方は慣れましたか?」
私と大江は、彼がキープしているボトルウイスキーを水割りで飲み始めました。
客はすくなく洒落ていて、いい雰囲気でした。
「ええ、もうすっかり、仕事がこんなに楽しいなんて思ってませんでした。
これもみんな、大江さんのおかげです」
「僕の方こそ、市川さんに来てもらって大助かりです。
市川さん、これからは智子さんと呼んでもいいですか?」
「え?ええ、もちろん・・・」
私はドキリとしました。一気に大江と親しく成れた様な気がして、
年甲斐もなくドギマギしてしまったのです。
「智子さんを見ていると、何だか懐かしい気持ちに成るんです。
貴女は、僕の姉に似ているんですよ。姉は、十年前に亡くなってしまいましたが」
「まあ、お気の毒に・・・」
「弟の目からも、それは美しい人でした。
僕は、少しばかりシスターコンプレックスの気があるのかもしれません」
思いも寄らぬその熱っぽい眼差しに、私はボーッと昇せてしまいました。
いったい、大江は何を言おうとしているのだろ、ひどくきわどいムードでした。
「だから一目会った時から、他人のような気がしないんですよ。この人になら、
何でも打ち明ける事が出来る。失礼だけど、そう勝手に思い込んだんです」
「私でよければ何なりと・・・。でも、大江さんなら幾らでも他に話を聞いてくれる
人がいるんじゃありません・・・どうして結婚なさらないの?」
それは一番の関心事でした。どうして三十五まで独身なのか、
彼くらいの男なら女など選り取りみどりだろうに・・・。
「僕って・・・いかにも女好きに見えるでしょう?」
「そうね。遊び慣れてるカンジ」
「人間、見た目じゃ判らないものですよ」
急に大江の顔色が深刻なものに変わりました。
「僕はね、意外かもしれないけど、とても気弱なんです。
自慢じゃないが、自然と女が近寄ってくる・・・昔からそうでした。
けれど、手当たり次第と言う訳にはいかなかったんです。どうしても・・・」
「まあっ、勿体ないお話ね。理想が高すぎるんじゃないですか?」
「そうじゃないんです。実はその・・・」
そのくだりまでくると、大江は言い澱みました。
「どうも恥ずかしいな。智子さんに、こんな恥を話してもいいんだろうか」
「どうぞおっしゃってよ。私の事、お姉さんの様に思って呉れているんでしょう」
「智子さんなら、何でも許して呉れる気がするから不思議ですね。
こんなこと、とても他の女性には話す気には成れません」
一呼吸おいて、大江はとんでもない事実を明かしました。
確かにそれは、誰にでも出来る話ではありませんでした。
「僕には、ある肉体的欠陥があるんです。
そのために、女をベッドに誘う事が出来ないんです。
智子さん、短小って言葉を知ってますよね・・・」