小男の性戯に狂う人妻。其の一
◇主婦の一念発起◇

人生80年とは申しますが、50の声を聞きますと、
さすがに女は冬の時代に入った様な一抹の淋しいさを禁じ得ないものです。
十代が春なら、二十代は初夏、三十代は盛夏、四十代は秋、
そして五十代はさしずめ晩秋とでも言ったところでしょうか。

けれども、鏡に映る自分はまだまだ捨てたものでは無いと言う
微かな自負心を消し去れないのも、また事実なのです。
女の五十代とは、ある意味では中途半端な年齢なのかも知れません。

二人の子供は成人し、定年間近の夫もとりあえず健康にやっている・・・。
もともと夫は手のかかる人ではありませんし、ゴルフだ囲碁だと、
自分の趣味に忙しく走り回っています。夫婦仲が悪いと言う訳では有りませんが、
私と夫はすでに空気のような存在になっているのです。

四半世紀以上も夫婦を遣って居れば、どこの家庭もこんなものなのかも知れません。
夫は妻をもはや女だとは思っていないし、妻もまた夫を男だと感じられなく成っているのです。

そして子供は子供で母親を必要としなくなり、気が付けば家庭の中で
孤独を噛み締めている妻であり母親である女がひとり・・・。
私もまた、そんな空虚さを味わっていました。
日々を漫然と過ごして、時間が無為に流れて行くような虚ろに浸っていたのです。
こんな毎日が楽しい訳はありません。

何か生き甲斐のようなものを見つけなくてはならない。
私がこう言う考えに行き当たったのは、まさに必然中の必然でした。
趣味でも仕事でも何でも構わない、兎に角時間を有意義に使う
方法を見つけなければ・・・下の子供が大学を卒業したのを機に、
私は思い切って社会飛び出してみる決心をしたのです。

社会に出るとは言っても、結婚してこの方ずっと家事と育児しか知らない私でした。
それで無くとも、この不況です。簡単なパートでいいと思いつつも、
中々仕事には巡りあえませんでした。

何回、面接を受けたか数え切れませんでした。さすがの決心もグラつきそうに成って、
改めて世間の厳しさを思い知ったような次第でした。

(もう、この会社で最後にしよう。ここがダメなら、何か習い事でもすれば良いじゃないの)
それでも自分を叱咤激励して、ある文具メーカーの面接に望みました。
小さな会社でしたが伝票整理のパートを若干募集していたのです。

「市川智子さんですね。お年は五十二歳・・・ふ」、お若く見えますね」
面接をしてくれた人は、まだ三十代半ばと言う処だったでしょうか、
とても感じの良い男性でした。自分よりずっと年若い面接官を前に、
不謹慎にも、私は緊張とは別の高鳴りを覚えておりました。

「勤務時間は、午前十時から五時までの七時間です。
 週四回ほどですが、お家の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。子供もも大きいし、何の支障もありません」
「そうですか。では後日、電話連絡いたします」

面接が終わると、何時もとは違う手応えを感じました。
今度は、何だか不採用の気がしなかったのです。
私の勘はあたりました。数日後、電話連絡があり、
翌日からでも出社して欲しい旨の通知があったのです。

久し振りに、意欲が体中に迸りました。何の経験も無い私を採用してくれた、
あの面接官の為にも頑張らなくては、と柄にも無く張り切っていた私でした。

(何を着て行こうかしら。お化粧もちゃんとして行かなきゃあね)
初出社に備えて、何年ぶりかでパックをしました。
皺を隠す事は出来ませんが、お化粧ののりはまあまあのようでした。

きちんと化粧して、テーラードのスーツを着ると、私は自分の姿に女を瞠りました。
これなら、まだ四十代で通用します。我ながら満足でした。
見た目だけは、年季の入ったキャリアウーマンという感じだったのです。

「それでは、今日からよろしくお願いします。当分は、
 僕の下で働いてもらう事になりますが、判らない事は何でも聞いて下さい」
会社に行くと、先日の面接官が笑顔で私と他二名のパート主婦を迎えて呉れました。
この時はまだこの彼ーー大江信彦(仮名・35歳)と深い間柄に成ろうとは、
想像だにしていない私でした。
inserted by FC2 system