何回、面接を受けたか数え切れませんでした。さすがの決心もグラつきそうに成って、
改めて世間の厳しさを思い知ったような次第でした。
(もう、この会社で最後にしよう。ここがダメなら、何か習い事でもすれば良いじゃないの)
それでも自分を叱咤激励して、ある文具メーカーの面接に望みました。
小さな会社でしたが伝票整理のパートを若干募集していたのです。
「市川智子さんですね。お年は五十二歳・・・ふ」、お若く見えますね」
面接をしてくれた人は、まだ三十代半ばと言う処だったでしょうか、
とても感じの良い男性でした。自分よりずっと年若い面接官を前に、
不謹慎にも、私は緊張とは別の高鳴りを覚えておりました。
「勤務時間は、午前十時から五時までの七時間です。
週四回ほどですが、お家の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。子供もも大きいし、何の支障もありません」
「そうですか。では後日、電話連絡いたします」
面接が終わると、何時もとは違う手応えを感じました。
今度は、何だか不採用の気がしなかったのです。
私の勘はあたりました。数日後、電話連絡があり、
翌日からでも出社して欲しい旨の通知があったのです。
久し振りに、意欲が体中に迸りました。何の経験も無い私を採用してくれた、
あの面接官の為にも頑張らなくては、と柄にも無く張り切っていた私でした。
(何を着て行こうかしら。お化粧もちゃんとして行かなきゃあね)
初出社に備えて、何年ぶりかでパックをしました。
皺を隠す事は出来ませんが、お化粧ののりはまあまあのようでした。
きちんと化粧して、テーラードのスーツを着ると、私は自分の姿に女を瞠りました。
これなら、まだ四十代で通用します。我ながら満足でした。
見た目だけは、年季の入ったキャリアウーマンという感じだったのです。
「それでは、今日からよろしくお願いします。当分は、
僕の下で働いてもらう事になりますが、判らない事は何でも聞いて下さい」
会社に行くと、先日の面接官が笑顔で私と他二名のパート主婦を迎えて呉れました。
この時はまだこの彼ーー大江信彦(仮名・35歳)と深い間柄に成ろうとは、
想像だにしていない私でした。