生きることへの歓び。其のニ
〜初体験への期待と不安〜

私の住む栃木県と彼の住む静岡県は、当時は何度も電車を乗り継いで五時間余り・・・
私達の交際は今で言う遠距離恋愛でした。
今でこそ遠距離恋愛は珍しくはありませんが、四十年以上前のあの当時、
遠く離れた恋人達は其れは辛い、切ない想いを強いられたものでした。

今と違って交通の便も悪く、長距離電話もそうそう簡単に掛けられる
時代ではありませんでした。ですから、私達は専ら文通に頼るほかなかったのです。
それこそ毎日の様に私は彼に手紙を書き、送りました。

ーー愛しい聡さまへ
もう、秋の訪れの気配を感じるようになりました。木の葉の舞い散る姿を見ては
あなたを思い出し、柿の実の赤く色づくさまを眺めては、あなたのことを想い出す日々です。
こんどあなたに会えるのはいつのことでしょうか。早く、早く会いたいーー

もちろん、彼からも追って返事が送られて来ました。聡からの手紙が、私の生きる喜びでした。
彼の手紙を開封する時のときめきを私は今でもはっきり覚えています。

ーー可愛い美智子へ
僕だって君に会いたくて仕方ない。君の筆跡だけじゃなくて、君の指の温もりに触れたいよ。
僕だって、何時も君のことが頭から離れない。あの別れの日、君と交わした口付けの味を
思い出すたびに、切なくてどうしょうもなくなるんだ。だけど、喜んで呉れ。
来月、東京の事務所に行く事になった。東京と栃木は近い。
会えるんだよ、美智子!今からワクワクして眠れないよーー

この手紙を読んで私は思わず飛び上がるほどの興奮で身体が震えてしまいました。
あの夏以来、やっと聡に会えるのです。彼は観光局の仕事をしていて、たまに東京の
事務所に足を伸ばすと聞いていましたが、ようやく会えるチャンスが来たのでした。
どんなにこの日を待っていたことでしょう。

彼がやってくる日、私は朝からソワソワと落ち着きませんでした。
一張羅の赤いワンピースに身を包み、私は歓び勇んで待ち合わせ場所に出掛けました。

「会いたかったよ、美智子!凄く可愛いワンピースだね。良く似合うよ」
「聡さく、聡さん、私・・・」
嬉しくてたまらないのに、なぜか涙が滲み出て来ました。聡は夏より少し痩せたようでした。
けれど、あのカッコよさは少しも変ってはいませんでした。
「バカだな、泣くな美智子。せっかく会えたんじゃないか」
「私。う、嬉しくて、勝手に涙がこぼれてきちゃうの」
「さて、どこへ案内してくれるんだい。此処は君の地元だからな、宜しく頼むよ」

名所旧跡は沢山有りましたが、私は早く聡と二人きりに成りたくてたまりませんでした。
この再会でキット何かが起きる・・・そんな予感に身体が震えていたのです。

私と聡はまだ清い関係でした。
キスだけは交わしたものの、一線は越えて居なかったのです。
当時はまだ貞操観念の強い時代でした。けれど私にはその覚悟・・・
いいえ、正直に告白します。覚悟ではなくて、初体験への期待が渦巻いていたのです。

そんな私の気持を彼も察していたようでした。
「どうしたんだい、急に黙りこくっちゃって、美智子」
と、聡は私の肩を抱き寄せました。
「そうだな。僕だって別に観光したい訳じゃないし、
 どこか静かな場所に行きたい。美智子、どこか知ってるかい?」

「もちろん、私は行った事無いけど・・・母があの神社の裏には行っちゃ行けないって、
 よく言ってるわ、でも、クラスのススんでる女の子はあの辺に出入りしているみたい」
二人きりになれる場所といえば、連れ込み旅館くらいしか思い当りません。
駅近くの神社の裏手はこの辺りでは悪名高い歓楽街で連れ込み旅館も沢山
有るという話でした。

「よし、じゃあ、そこへ行ってみよう。大丈夫、そろそろ暗く成って来たからな」
聡は地元の高校生である私を人目から隠すために、すっぽりと腕の中に抱いて呉れました。
身長のある彼に肩を抱かれると、小柄な私は完全に隠れてしまいました。

いまにも心臓が爆発するのではないかと言うくらい、私はドキドキしていました。
緊張と期待で、目眩を起こしてしまいそうなほどでした。
何しろ私が恋焦がれている彼と、連れ込み宿に行こうと言うのですから、
テンションが高まるのも無理はありませんでした。

神社の裏には沢山のネオンが瞬いていました。
私達は、植え込みの中に隠れるようにして建っている、
普通の家のような小さな旅館を選びました。
愛想のない仲居さんに案内されて、私と彼は部屋に入りました。
外観と同じく味も素っ気もない、しかし思いのほか清潔そうな部屋でした。

赤いちゃぶ台の上にはポットと急須、それにテレビがありました。
その小さな茶の間の様な部屋の襖を開けると、緋色の布団が二組並べて敷かれています。
枕元には、淡いオレンジ色の光を灯したランプがひとつ。何とも艶めかしい雰囲気でした。

「さあ美智子、おいで」
聡に手を引かれ、私は震えながら布団に入りました。本当はお風呂に
入りたかったのですが、初心な乙女のことです。恥かしくて、とても言い出せませんでした。

布団に横たわると、すぐに彼が覆い被さってきました。心臓がピクンピクンと
脈打つのがわかりました。嬉しさと不安が交錯する中で、全く複雑な心境でした。
「好きだよ、美智子。心配しないで、優しくするからね」
と、彼の唇が近づいてきました。私は目を閉じ、彼にすべてを任せる決心をしました。

「うっ、あああ・・・」
彼に唇を吸われたとたん、緊張以外の昂ぶりが肉体を包み込みました。
その昂ぶりはどこか甘く、初めてのキスのときに感じたものよりずっと官能的でした。

いつしか、私も彼の唇を強く吸い返していました。荒削りな感情に押されて聡の舌を
吸わずにはいられなくなったのです。吸えば吸うほど、吸われれば吸われるほどに快感は
増していきました。未知なものに怯えながらも、私は段々快感に溺れていったのです。

彼の唾液さえ甘美な味に感じられました。
キスは固い処女の肉体を、快感の魔法でリラックスさせてくれました。
私の肉体は、本番に向けてゆっくり準備に取り掛かっていたのです。
その時私は、下腹部がぬんめりと濡れているのを意識していました。

お気に入りのワンピースが、脱がされようとしていました。
部屋の中はほの暗かったものの、やはり羞恥は拭いきれません。
彼の脱がすあいだ、私は両手で顔をかくして居ました。
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